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第5回 ライフスタイル提案と「拙新論争」

更新日:2018/6/5

昨今、住宅業界では暮らし方、ライフスタイルの提案が、見直されています。消費行動が、モノを所有することではなく、体験や人間関係といった“コト”を重視する方向に変化していると言われていますが、住宅も、ハードとしての性能、品質以上に、ライフスタイルなどの“コト“を同時に求める人が多くなったのでしょう。

また、モノが一応が充足した状況になったのも、“コト”重視の風潮に拍車をかけているように思います。住宅も、空き家問題がしばしば話題に上ることからわかるように、十分すぎるほど存在しています。その中で工務店が受注を取るためには、モノ以外の要素をアピールしていくことがより必要になっていくでしょう。暮らし方、ライフスタイルの提案と一口にいっても、やり方はいろい考えられます。健康をテーマに、より暮らしに近い要素を取り入れたり、OB顧客との食事、レジャーなど体験を通じて“コト”を提供している工務店も少なくありません。

住宅そのもの、“モノ”としてのつくり方でも“コト”を生み出すことができるでしょう。例えば、高断熱住宅の住まい手は、その快適性から家で過ごす時間が増える傾向にあることが、各種調査などで確認されています。あるいは、通風や採光を意識した設計(パッシブデザイン)に、窓やブラインド等の開け閉めという住まい手の行動を促す可能性を見ることもできるでしょう。

大正14(1925)年、住宅とライフスタイルの関係を巡り、山本拙郎(やまもと・せつろう)、遠藤新(えんどう・あらた)の2人の建築家が対立した「拙新論争」をご存知でしょうか。日本初の住宅にまつわる論争だと言われています。山本は、洋風住宅の設計・施工を請け負う、ハウスメーカーの先駆けとでもいえるよう案「あめりか屋」の技師長。遠藤は「帝国ホテル」などで知られるフランク・ロイド・ライトの弟子。

遠藤新の代表作「加地邸」

遠藤が開いた展覧会を見た山本が、遠藤のデザインを「ぬきさしの出来ない見事な統一を形づくっている」と評価しつつ、その「見事な統一」によって、住まい手が自身の好きな家具を置くような自由がない、と苦言を呈しました。山本は、住宅は「住む人によって次第に成長させられ、完成されて行くもの」だと記しています。

 

遠藤が強く影響されたフランク・ロイド・ライトの「自由学園明日館」

一方、遠藤は「漫然と物を見、漫然と物を買つて居る」人が多く、また優れた住宅は「人間生活の環境として人を教へるに足る底の作品」だとして、住まい手の趣味を向上させる、新しいライフスタイルを提案しなくてはならないと反論しました。今となっては上から目線の意見ですが、自分のつくる住宅で人々の生活を改善するのだという純粋な想いもうかがえます。山本はこれ以上反論はせず、論争は遠藤の主張をもって終わっています。

皆様は山本、遠藤どちらの意見に共感しますか。きっと山本の意見のほうが、親近感を持てるのではないでしょうか。

しかし、ライフスタイル提案は、少なからず遠藤の主張に近い要素をはらんでいると筆者は考えています。住まい手が、より自身の住まいにあったモノや暮らし方を、自発的に選ぶことに、何も問題はないでしょう。むしろ住宅のデザインには、住まい手をそう仕向ける力を内包させることができる、とさえ思います。“コト”を提案できる“モノ”のデザインを考えるにあたって、今こそ遠藤の意見を見直してもよいのではないでしょうか。

寄稿:A(住宅ジャーナリスト)

【参考文献】
内田青蔵『日本の近代住宅』鹿島出版会、1992(本文中の山本、遠藤の意見は本書の引用からの孫引き)
藤森照信『日本の近代建築(下)―大正・昭和編―』岩波新書、1993
加地邸保存の会『加地邸を開く 継承をめざして』住宅遺産トラスト、2014

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